
● 2004/09/01[1995/09]
『
だがカエサルという男は、一つのことを一つの目的でやる男ではないのである。
つまり、私益は他益、ひいては公益、と密接に結びつく形でやるのが彼の特色である。
なぜなら、私益の追求もその実現も、他益ないし公益を利してこそ十全なる実現が可能になる、とする考えに立つからである。
この考えは、別にカエサルが天才であったから考えつき実行できたことではなく、われわれ凡人の多くも、意識しなくても日々に実行していることである。
私益ー他益ー公益となることによって。
マキアッヴェッリも、この考え方の妥当性を強く主張した一人である。
つまり、公人であろうと、その人の私益の追求は認められるべきである、と。
なぜなら、人間の本性にとって、このほうはよほど自然な筋道であるからだ。
私益の追求を公認することこそが、公益の実化にも、より健全でより恒久的な基礎を提供することになるのだ、として。
では、「公益」は、カエサルの考えでは何であったのか。
名門貴族に生まれたユリウス・カエサルには、護民官になる資格はない。
一方、もともと平民出身でも先祖に執政官を出した実績をもついわゆる平民貴族には、護民官になる資格を認められている。
ポンペイウスもクラッススも、平民貴族であるがゆえに資格があった。
もしもカエサルが護民官になれる立場に生まれていたら、護民官になることで反体制運動を進めたであろうか。
私は、いなかったのではないかと思う。
なぜなら、彼は、
「反体制」とは体制が強力であないと成り立たない、という逆説的存在である
ことに気づいていたからだ。
「元老院体制」は弱体化し無力を露呈しつづけてきた。
その原因は、2つに大別されるだろう。
まず第一に、元老院階級の動脈硬化現象。
第二は、元老院主導の共和政というローマ独自の政体を導入した時代とは比べようもないほどに、統治の領域が拡大したことである。
これに、長く続いたシステムには必ず生まれる、当事者たちの才能と力量の衰退が加わる。
カエサルによる新秩序樹立を目標にした国家の大改造は、ポンペウスに勝つ紀元前48年からはじめられるのではない。
ルビコン川を渡った前49年にはじまるのでもなかった。
前60年、「三頭政治」の樹立によってはじまるのである。
現代の研究者でも、幾人かははっきりという。
「元老院主導によるローマの共和政は、三頭政治の出現によって崩壊した」と。
』
『
統治者の器量は、一日の計で成されたことが百年の計になるか否かによっても計られる。
公務に就く者の倫理の浄化さえなれば、統治がうまくいくというわけではない。
統治される側の想いも、大切な要素である。
そして、統治される側の想いが何によって左右されるかだが、古今を問わずそれは「税金」なのである。
政治家には、なるべくならば手をつけたくない政策がある。
ローマでは、市民権に関する法と、農地改革に関する法の2つがそれだった。
いずれも、既得権者の側からの絶対の反対に加え、その法案が成立すれば利益を得る人びとも、なにぶん新しいことゆえ、どこがどのように利益になるかがよくわからず、そのために支持したとしても生ぬるい支持しか与えない、という性質をもつ点で共通している。
』








【ほんまもん】
_

